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16. 2008年度大学祭出展 (2008.10.11) 

2008年も無事、大学祭に出展することができました。 今回も鉄道模型や、部員が撮影した写真を中心の展示となりました。
かつては、だだっ広いパネルの上に山や谷を築き、 強引な急勾配・急カーブをうねうね曲がりながらローカル列車が何度も脱線しながらノロノロ走る雰囲気でしたが、
今年は整然と並べられたパネルに立派な完全複線の線路が敷かれ、顧問の清水先生と一緒に組み立てた建物も立ち並び、 長大編成が快走しました。


15.遠軽駅にて SL常紋号 (2008.6.29) 

日ごろ話題もなく日陰者的存在の石北本線にもSLがやってきました!
2008年6月29日、現役部員2名とOB1名とで、SL追っかけドライブを行いました。
上越信号場、奥白滝信号場を経由して白滝駅に到着。普段は閑散としている日曜日の白滝駅前には露店が出ており、 ホームは見物人でごった返し、パトカーも来て警備に当たるなど活気にあふれていました。
白滝でSLと特急オホーツクが列車交換し、なんとそのオホーツクからは元・鉄研相談役のNさんが。 早速合流して遠軽、さらにSLを追いかけて結局終点の北見まで足を伸ばしました。
写真は遠軽駅の跨線橋から、SLが前後に付け替えられる風景を撮影するNさんの後ろ姿です。
この時は、鉄道ファンだけでなく沿線住民も多数、ほぼ全てと言っていいほどたくさんの踏切や駅ホーム、沿線でSLを待ち構えており、 歓声をあげながら見送っていました。それにともなって、警備員や警察車両の姿も非常に目立ち、こういったイベントの難しさも感じました。
営業的には大赤字なのではないかと思われるこの企画列車ですが、日頃あまり元気のない石北線沿線の盛り上がりを見ることができたのは大変良かったです。


14.宗谷岬神社 (2008.1.1) 

無事存続することができた当鉄研ですが、結局学祭終了後に新入部員が総入れ替えする事態となりました。
2008年1月1日、新たに入部した2名の1年生のうち1名を連れて、一度やってみたかった冬季キャンプを敢行しました。 宗谷岬で初日の出を見るため、猛吹雪だった大晦日の夜に出発し7時間かけて元旦未明に現地到着しました。 当鉄研初の冬季屋外テント設営を行い、寒さにふるえながらも無事凍死せずに新年の夜明けを迎えることができました。
1年生にとっては入部間もない中いきなりハードな企画となりましたが、このような無茶な企画に挑戦するのも当鉄研のモットーでしたので、 これからも激しく楽しい活動を広げていけたらと思っています。


13.小幌海岸 (2007.6.23) 

2007年6月23日、念願の新入部員を迎えた鉄道研究会は、新入部員のうち3名と、OB・関係者11名の総勢14名という大人数で、 室蘭本線・小幌駅に集合しました。駅から山道を下ったところにある海岸で新入部員を歓迎する焼肉会を行いました。
中央左寄りの緑色の旗は「鉄研旗」、右端の赤いものは「鉄研OB会旗」です。 あるOBによると、もし今年度新入部員が来なかった場合はこの場所で解散式を行い、旗を燃やして天に返す「返魂式」を執り行うつもりだったとのことです。 そのようなことのないよう、これからも現役部員が活動を新たに広げていき、OB・関係者との交流も続いていくことを願います。


12.ふるさと銀河線大誉地駅 (2003.9.) 

2003年9月下旬、部員2名で自動車による、ふるさと銀河線全駅巡りの旅に出かけました。写真は大誉地駅。国道からは離れた場所にあります。 この駅から隣の薫別駅へ行く道は、砂利道です。


11.旧下北交通樺山駅 (2003.5.) 

2003年5月に、本会の現役・OB合わせて3名で、青森県は下北半島にあった、下北交通大畑線の廃線跡を、全線(約18q強)トレッキングしました。
写真は、沿線の無人駅で唯一国鉄時代からの駅舎で最後まで営業をしていた樺山駅。 現在は駅舎が現存しているものの、営業時の木々に囲まれて鬱蒼としていた雰囲気は、伐採によって失われています。
駅舎も、窓枠の一部が撤去されており、近いうちに撤去される可能性を感じました。ちなみに、写真左下に見られる水たまりには、オタマジャクシが生息していた。


10.蟇目駅の始発列車 (..) 

山田線蟇目駅にて、盛岡方面へ向かう1番列車を撮りました。


9.土合駅にて (2003..) 

トンネル駅として有名な、上越線土合駅だが、実際にトンネルの中にあるのは、下りホームで、上りホームは地上にある。 トンネルホームだけが有名になってしまっているが、山に接するこの地上ホームも、なかなかの雰囲気。
単線時代は上下線ともこのホームを使っていただけあって、島式の形状になっているが、片側の線路は撤去されている。 停車する列車は、ほとんどが3両編成の普通列車なので、長いホームは無用の長物となっており、一部途中で寸断されている。
現在は駅員が配置されていないが、登山者などで、待合室は賑わっている。しかし、車に乗ってくる人が多く、鉄道利用者は、ごく少数のようだ。
写真は、2003年度の夏の無人駅キャンプで訪ねた時のもの。


8.早朝の無人駅でキャッチボールをするあやしい人々 !? (2003..) 

鈍行列車に乗って各地の無人駅を訪ね、そこでビバーク。過酷イベントとしてお馴染みの、札学鉄研名物「夏の無人駅キャンプ」。 2003年度は、例年に増してハードな、新潟・東北遠征の「超過酷バージョン」となりました。
写真は、一泊目の飯山線内ヶ巻駅での一コマ。なぜかグローブ持参でこの企画に参加した野球好き部員2名が、 木々に囲まれた無人駅で、キャッチボールをしております。
「この怪しい光景をぜひ写真に」と撮ってもらったわけですが、予想に反して周りの光景に馴染んでしまったのが残念。


7.北星駅の待合室 (2003..) 

宗谷本線北星駅の待合室。2003年春の無人駅キャンプ(智東駅)の帰り道に立ち寄りました。
ご覧の通り、吹けば飛ぶよな凄い建物。隣には同じ様な造りの便所もあって、こちらもまた壮絶。 今改めて写真で見ると、若干傾いているような気もしますが・・・?


6.函館市電 (..) 

函館の街には、市電がよく似合います。今回はそんな函館市電の写真を使ってみました。
場所は湯ノ川電停の手前。下り急勾配中の急カーブに差し掛かり、目一杯速度を落として(ほとんど一時停止していた)通過しようとしているところ。


5.今はなき天幕駅の時刻表 (2000..) 

2000年、旧士幌線跡を見に行く途中で、天幕駅に一晩の宿をお願いしたときに撮った写真です。 夜中に車で行ったのですが、鬱蒼と茂る木々の間に怪しく光を放つ小屋が見えたと思ったら、それが天幕駅でした。 そして待合室に入り、この時刻表を始めて見た時の衝撃は、今でもはっきりと覚えています。
外に出て見た満天の星空も感動もんでした。生まれて始めて天の川を見たのも、実はこの時でした。 そんな思いでたっぷりの天幕駅も、現在では更地になってしまいました・・・


4.住友赤平立坑 (2000..) 

2000年にOBのみなさんと一緒に、赤平駅の裏側にある住友赤平立坑跡に行った時の写真です。 閉山になってからしばらく経っているのに、外見ほぼそのままで残っているのに感動したのを覚えています。 その他にも赤平駅の裏には、ホッパ跡やズリ山(=ボタ山)などが見られます。 「あ〜、この建物の中に入ってみたいなあ〜」と思う今日この頃・・・。


3.雨上がりの駅前 (..) 

管理人がこの夏に、「マウントレイク大沼」号に乗って函館本線の流山温泉駅に行った時、ホームで次の列車を待っている時に急に夕立にみまわれてしまい、 この駅には待合室が無いので大変な思いをしました。
上の写真は、その夕立が止んだ後に出た虹を、駅構内に置かれている元東北新幹線の200系車両ごしに撮ったものです。 右側に写っている白い固まりが、新幹線の頭の部分です。


2.石勝線楓駅の全景 (2002.4.27) 

一日に一本だけしかない楓駅発着の普通列車に乗ろう、ということで部員3名の小編成で楓駅まで行ってきました。(2002年4月27日撮影)


1.南部縦貫鉄道西千曳駅の自転車置き場&便所 (2001.4.) 

2001年4月に、私たちがOBと合同で南部縦貫鉄道(当時は休止中)の全線を歩いた時に撮った写真。 待合室などがベニヤ板で覆われた西千曳駅の直ぐ裏にコレが転がっていました。
現場では「自転車置き場ではないか」と話していたのですが、写真をよく見ると便所が併設されていることが分かります。 かなり機能的な構造物だったのですね。南縦鉄道はつい最近廃止が決まりましたが、施設の撤去などは進んでいるのでしょうか。


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